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「吹きさらしの中で、大型機のデモをしていました」初代大阪営業所長に聞く

2019/01/22

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「吹きさらしの中で、大型機のデモをしていました」初代大阪営業所長に聞く

シンキーには東京本社以外に、大阪営業所(2000年開設)・名古屋営業所(2011年開設)・福岡営業所(2015年開設)の3つの国内拠点があります。
来年、創業50年を迎える準備のために、大阪営業所の歴史を紐解いていたところ、にわかに信じられない『トンデモ話』が出てきました。
今回は、シンキー大阪営業所 初代所長の藤井吉弘氏(2007年にシンキーを定年退職)にインタビューしました。

代理店の営業マンからシンキー大阪営業所の所長に

練太郎を初めて見たのは、大阪府内で主に理科学消耗品を取り扱っている代理店に入社してからでした。その会社が練太郎の専属販売員を探していまして。私、当時は諸事情でフラフラしていたものですから(笑)、まあやってみようかなと。

当初は装置のことはおろか、世の中に混ぜることを一生懸命やっている人たちがいるということすら知りませんでした。そんな私に、会社はビルのワンフロアを丸ごとあてがってくれましてね(笑) さあどうしたものかと。
いろいろな人に相談したり、『会社四季報』や『関西の優良企業100社』を調べるたりするうちに、いろいろなことがぼんやりと見えてきました。今のようなメールやインターネットが普及していない頃のことですので、手書きでパンフレットを送ったりしていました。思い返すととてつもない作業でしたね。でも努力は実りました。代理店の会合で、練太郎を3か月で一番販売した人として表彰されましたよ。

当時の写真
※当時の写真

引き合いが取れていくにつれ、デモなどを通して練太郎の良さをどんどん体験すると、より具体的な販売戦略が浮かんできます。そのことを当時の代理店の社長に提案したりしましたが、なかなか理解が得られなかったこともあり、その会社は辞めてしまいました。

その後は、食べていくために顕微鏡を売ったり、おがくずを売ったり(笑)。その間も練太郎のことが忘れられず、何とかして練太郎を売る仕事をしたいと思っていました。そこで2-3か月経った頃、社長に会わせてもらおうとシンキーの本社に電話したんです。
すると展示会の会場に出ているというので、すぐに会いに行きました。そこからはとんとん拍子でした。ちょうど大阪に営業所を立ち上げる構想があったそうで、所長として迎え入れてもらったのです。

大阪営業所の立ち上げ

まずは事務所探しです。自宅近くに30平米くらいのオフィスがあったので社長(現社長:石井重治)に同行してもらってそのまま契約しました。2000年6月のことです。
その時、社長の交渉術を目の当たりにしました。これには大変驚きまして、それからの営業活動から今に至るまで、とても役に立つ学びとなりました。どんな交渉術か?それは企業秘密ですよ(笑)
中古車や駐車場、電話や装置周りに必要な機械など事務所の形をあっという間に整えることができました。ただ、電話の開通だけは1週間かかってしまったので、その間、本社と連絡を取るのに困るので携帯を買いました。懐かしいでしょう。今でもこうして思い出として取ってあります。

藤井氏

毎日の営業活動は苦労の連続でしたが、本当にやりがいがありました。
デモで材料がきれいに混ざるのを見たお客様はみな、口を揃えて「すごい!」とおっしゃいます。病院でなんこう練太郎を大勢の方に紹介した時にも、薬剤師さんが思わず「わーすごい!なにこれ!手品みたい!」と。ゾクゾクするほどうれしかったです。とても誇らしい気持ちになりますよね。

ある企業では、別の部署にも幅広く展開いただいたことがありまして、何度も通ううちに顔を覚えていただいて、皆様に仲良くしていただきました。時には結婚を迷っていた事務女性の方から相談を受けてアドバイスをしたほどです。「そんなに迷うなら貯金通帳を見せてもらって決めたらいい」って(笑)

「こんなこと、今だったら怒られてしまうでしょうね」

始めのうちは小型機を中心に販売していましたが、大型機のご要望も増えてきたため、大型のデモ機を大阪営業所にも設置することになりました。

ところがここで驚きました。当時の事務所はビルの10階にあったのですが、事務所の扉の幅が狭くて通らないんです。それ以前にエレベーターにも乗せることができなかったんですよ。何しろ大きくて。なぜ置けないのにそんなことしたんだと思われるかもしれませんが、その時はなんとかなると思ってしまって(笑)。

仕方がないので、ビルの自転車置き場の横に庇(ひさし)のあるスペースがあったので、そこに置きました。使わないときは、ブルーシートを被せてロープでぐるぐる巻いて。「危険!触らないで下さい」と看板を張り付けていたせいか、問題は起こりませんでした。

古い大型機と当時のオフィス
※(写真左)営業所(の自転車置き場横スペース)に設置されていたという大型機ARV-3000
※(写真右)事務所の様子と藤井氏。(奥の茶色い扉から大型機を入れるつもりだったとか。)

デモのご用命をいただけば、そこでデモ。雨が降ったらできなかったですね。特に冬場はすごかったですよ。雪は降るし、寒いしで。
電源は10階から外階段を伝って3相200Vのケーブルを繋げました。

とにかくこれじゃアカンですよ。そこで大型のデモ機が置ける間口の広いところを探しました。見つからなくて困っていたときに、入居しているビルのオーナーに相談したら、あると言うので飛びつきました。行ってみるとエレベーターも大きいし、部屋の間口も広い。
ただし、2年後に取り壊しの予定だったビルということで、ボロボロでした。夏に肝試しができてしまうような廃墟ビルのようなところを想像してみてください。しかし、いつまでも自転車置き場の横に大型機を置いておけませんでしたから、急場しのぎに借りました。
デモにいらしたお客様は、皆さんとにかくびっくりした様子で、天井や壁をジロジロと見ていらっしゃる。「大型機が乗せられる扉の大きなエレベーターと間口の広い部屋がなかったので、仕方がないんですよ」と言い訳していましたね。

あまりにイメージが悪いので、週末を使ってドアから柱まで真っ白にペンキを塗りました。イメージがずいぶん変わって満足していたのですが、本社からやってきた社員からは、「ペンキの目に染みるようなシンナー臭で、返ってお客様への印象が悪くなるのではないか」と心配されました。やがて匂いもなくなり、大型機も順調に販売することができました。
その後、もう一度引っ越しして落ち着いたのが、今の大阪営業所です。
いい物件がないかと歩き回っていたときに、店じまいセール中の衣料品販売店を見つけました。同じビルにオーナーがいたのですぐに会いに行き、ようやく落ち着くことができました。

現在の大阪営業所外観
※現在の大阪営業所(1Fがデモを実施するショールーム。オフィスは2階です。)

思い出深い製品 ~なんこう壺との出会い

自分自身が、製品開発に関わりがあったものとして思い出深いのが、軟膏容器との出会いです。

東京での展示会に参加していたときに、ある男性が遠くから掲示していたパネルをじっと見られていました。その方はメモを取っておられました。展示会などでは、いつも情報やヒントを探していましたから、一体どこの部分が気になってメモを取られたのだろうと気になって、お声掛けしました。
この方が、後になんこう練太郎の開発秘話の動画にも登場いただくことになった、神戸学院大学の福島教授です。はじめは警戒されてしまいましたが、何度か連絡を取らせていただくうちに、大学に伺うことができました。ガラス越しに研究室を見せていただいたのですが、そこには初めて見るものばかりが並んでいて、なかでも棚にあるカラフルな容器が気になり、先生から軟膏用の容器であることを教えていただきました。

先生は自転・公転ミキサーをご覧になって、日ごろ薬剤師のみなさんが時間をかけて行っている、軟膏の混練作業をこの装置でできるのではないかと思われたそうです。
先生からいろいろなサイズの容器を2つずついただいて、東京の技術担当に送ったのが始まりです。
サイズがいろいろありますので、それに合わせたアダプターが必要です。当時の技術担当の方が3週間でとてもいいアダプターを試作してくれて、試行錯誤したのち、初代マルチアダプター(メーカー別)ができました。
開発のきっかけからその後の販売の拡大まで、ずっと関わりましたので私にとっては、大変思い入れの深い製品です。皮膚科のお薬を処方されている方は、なんこう練太郎で混練された軟膏をお使いの方も多いと思いますが、原点はここにあります(笑)

営業マン、営業所所長としての日々を振り返って・・・

仕事を離れこの年になっても、あの頃のことは、昨日のことのように思い出されます。営業であれ何であれ、とにかく動くことですよね。「苦労した」とか言いますけど、本当の意味での苦労はなかったような気がするんです。何が苦労なの?という感じです。楽しかったですね。コミュニケーションをとることも楽しいし、人から厚かましいと思われることもあるのかもしれないけれど、そんなことは考えずに、自分が正しいと思ったことを素直にやっていただけです。営業をやる以上は、こういう風に気持ちを持っていかなければいけないでしょう。

実は、大阪営業所を2代目所長にバトンタッチしてから定年退職まで、2年ほど大阪から韓国向けに海外営業をしていました。それまで韓国がどのようなところか全く分からず、もちろん韓国語も話せませんでした。それでも本社の人と一緒に現地に行き、代理店の方々とも交流して関係づくりをしていきました。ありがたいことに、韓国の代理店のみなさんは、日本語が通じる人ばかりだったので何とかなりましたね。
文化の違いを知るのが何より楽しかったです。時には空港に行ってからパスポートを忘れたことに気付いて飛行機に乗れなかったこともありましたけど(笑)。

みんないい思い出です。

現大阪営業所所長とのツーショット

<インタビューを終えて>
大阪営業所開所当時の大型機のデモの様子は本当に驚くばかりですが、お客様におかれましては、良くぞご対応いただいたものだと思います。もしかするとこの記事をご覧の方の中に、思い当たる方がいらっしゃるかもしれません。改めまして、その節はありがとうございました。

東京・大阪にあるデモルームでは、今は快適にデモを実施いただけますので、どうぞお気軽にお声掛けください!
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